ご機嫌でころっけ頬張る洋食屋
柱時計のぽおんと鳴る昼
グリルじゅんさい、美味しい!
篠原かをりさんのエッセイを読んだ。
なんだかもう、すごく好き! というのが最初の感想。一冊でこの人のことを好きになった。それはこのエッセイが愛に溢れているからだと思う。素敵な人だ。
一番気に入った言葉は「知識はメリケンサックだ。殴っていけ。」
こんなに短いのにこんなにかっこいい言葉があるだろうか? 今後、座右の銘にしようと思う。
テレビをあまり見ないので、篠原さんのことはツイートでしか知らない。子育てのことと旦那さんのことで、面白いツイートをする人だなと思っていた。エッセイにはもちろんそのユーモアも存分に表れるが、それ以上に強さと優しさと、とびきりの愛が詰まっていた。ぜひみんな読んでほしい。
あとこれは完全に油断していたんだけれども、冒頭の一編は学校が嫌いだった話で始まる。虫のはなしと河村さんのはなしが出てくると思っていたのに、いきなり号泣した。
私も著者の出身校と似た幼小中高一貫の女子校で育ったので、その苦しさを勝手ながら想像できてしまった。あの手の学校の閉塞感というのはちょっと異常なんじゃないかと思う。他の学校に通ったことがないので比較はできないけど。大学に入って以降、他の人から聞く学校というもののイメージが、自分の知るそれとあまりにかけ離れていて愕然とする体験を何度もした。
彼女はもう怒りを忘れかけていると書いていたが、私は今でもその時の怒りを鮮明に思い出せる。というか、あの頃は洗脳されていて気が付かなかった不快や理不尽に、大人になってようやく気づけたという方が正確かもしれない。つい先日も、出身校(母校というのが嫌い。何が母じゃいお前に育てられた覚えはありませんと思っている)の近くを通りかかりながら思い切りイー! としたくなった。私はどうやらまだ子どもなのだなと思った。
いつか出身校で講演をする自分、めちゃくちゃ想像したことがあり、読んでいて頷きすぎてしまった。私もあの学校で生きづらいと思っている子たちに「こんな人も元気に暮らしていますよ」と伝えたい。でも同時に、今の子どもたちは誰もそんな生きづらさを感じていなくて、私なんかの励ましがなくても大丈夫なくらい楽しく学校生活を送っていてくれたらいいなとも思う。
一番笑ったのは河村さんの看病をしているところ。「アイアイからインドリになった」顔の変化、わかんなさすぎる。
やはり春など来ない方が良いのだ。
寒さで固まっていた脳みそが温んだ気温にぬるりと溶け出して、不安だの憂鬱だのがあらわれてしまうから。